リゾート地として知られる軽井沢の「来し方」と「行く末」について想うことを、「いま」を暮らす住民目線の日常から、ぽつぽつとつぶやいてみたいと思います。
日本で最古のゴルフコースとしては、明治36年(1903年)神戸ゴルフ倶楽部(六甲山横尾ゴルフ場)が9ホールを完成させています。
そして、軽井沢にも歴史深いゴルフコースがあります。
徳川慶久氏が会長となって軽井沢ゴルフ倶楽部が創立されたのは、大正9年(1920年)7月でした。
最初は9ホールにて開場され、会員数は80名を超えていました。
大正12年(1923年)8月15日には、クラブで最初の競技会が行われ、
英国人のG.モーガー氏が優勝したと、軽井沢町誌に記録が残されています。
そんな歴史もあってか、軽井沢では西洋アンティークショップの店頭に、昔のゴルフ道具が並ぶことがあります。
残念ながら今はもうなくなってしまったのですが、少し前まで英国人のご主人が営むショップがありました。
ちょっと覗いてみようと立ち寄った或る日、偶然にも古いゴルフ道具に出会ってしまいました。
ご主人の見立てでは、これらの道具は1900年~1920頃のものだと言います。
中でも一番古いものは、1898年製と思われるとのお話でした。

アイアンのクラブヘッドは軟鉄で出来ており、シャフトはヒッコリーと言われる木製です。
フェイスには現代のクラブには見られない、何とも素敵なスコアラインが刻まれています。

ウッドクラブも、フェイスにインサートは無く、無垢の木材から削り出したモノコックヘッドです。
グリップは革製で、今から100年以上も昔のクラブでありながら、当時のままの姿で残されています。

特に珍しいと思うのは、その時代に使われていたボールです。
英国などの専門ショップでは、こうした古いボールは貴重品として、クラブより高値で取り扱われている様です。
一見、現代のボールと良く似ている様ですが、黒い中身に白く施されたペイントが剥がれかけています。
ボールの表面はディンプルと呼ばれる凹みではなく、凸が並んでいます。
アンティークの資料などから、ハスケル(Haskell)と呼ばれるボールだと判りました。

1899年に最初の量産が始まった頃には、白いペイントは無かった様ですが、その後、1900年頃には表面を白くペイントしたものが主流になっています。
こちらをホワイト・ハスケルという都合上、ペイントの無い初期のものはブラック・ハスケルと呼ばれる様です。

軽井沢に於けるゴルフの黎明期であった1920年前後。
こうしたクラブやボールが、この地でも使われていたのだと想像すると、当時にタイムトラベルする魔法の杖を手にした様に、わくわくして来ます。
古くからある屋敷や別荘から、時々アンティークショップに出てくるタイムマシンの様な古道具達。
とは言え、骨董収集に凝る余裕はなかなかありませんので、古書店で洋書を見つけたりして、その年代を想像しては楽しんでいます。
横浜生まれの信州育ち。独特の歴史を持つ軽井沢に惹かれ、定住して13年。本業の傍ら、ボランティアとして開局当初よりFM軽井沢で番組制作に取組み、地域コミュニティへの話題を提供中。
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