ひだまりブログ

軽井沢で過去〜未来を呼吸する

リゾート地として知られる軽井沢の「来し方」と「行く末」について想うことを、「いま」を暮らす住民目線の日常から、ぽつぽつとつぶやいてみたいと思います。

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名付け親賞・・・そして田んぼで考えたビオトープ

  • 2009
  • 08.21

Ruiza_Name_Prise.JPG
8月18日(火)の17:30~軽井沢町役場で、ご当地キャラクター"Ruiza"の名付け親賞授賞式が行われ、出席して参りました。

町長から表彰状を戴き、名付け親となった愛称の考案の経緯などを町長や町の企画課の皆さんと歓談するうちに、名付け親としての自覚が芽生えてくるのが判りました。

着ぐるみが出来たら、是非中へ入りたいとお願いして来ましたが、「まぁ、追い追いと」とのことでした。沢山の皆様に愛されるキャラクターになりますように・・・どうぞ宜しくお願い致します。

さて、家に帰っていた息子がまた学校の寮へと戻って行き、大変に短い夏休みが過ぎて行きました。

そんな夏休みの一日、義理の父が自家用に水稲を栽培しているので、作業を手伝いに行きました。この時期は稲穂が出てくるので、雀に食べられてしまわない様に、稲穂の上に網を掛ける作業を行いました。

田んぼへ行くと、取水口の辺りに水溜りが出来て、小さなビオトープになっていました。

Tanbo_2009_1.jpg

そっと覗いて見てご覧・・・めだかの学校ならぬ、おたまじゃくしの学校がありました。

Tambo_2009_3.jpg

おたまじゃくしの他にも、ドジョウやタニシ、タガメなんかも泳いでいました。

小さなカエルも嬉しそうにしています・・・たった一枚の水田に、こんなにも沢山の生命が息づいているのだとしみじみ感じ入りました。

軽井沢は乱開発による自然破壊が深刻化しています。町の皆さんは何とかして開発に歯止めを掛けたいと考えていますが、軽井沢の土地の半分は既に外の人たちの所有になっていて、町が何かを決めたとしても、コントロールすることが困難になりつつあります。

軽井沢の町花であるサクラソウも、自生地が軒並み開発されて、絶滅の危機が叫ばれています。

でも、どうして昔は当たり前にあった自然環境が無くなってしまうのかを考えてみると、水田も同じように、人々の営みが変わってきてしまったということにほかなりません。

Ine_Mitsubachi.jpg

ビオトープを人工的に作ってみるのではなく、水稲栽培を取り戻し、軽井沢内での食糧自給率を上げていくような取り組みができれば、自然とビオト-プは増え、そこで息づく生命がまた自然環境を蘇生していく力になるのだと感じま稲穂に花が咲いて、ハチが花粉を集めに奔走していました。稲の間から、ゴウゴウとプロペラ機のような羽音が響いていました。沢山のハチが花粉を足にくっつけて、どこかへせっせと運んでいました。

Tanbo_2009_2.jpg

のんびり泳ぐおたまじゃくしの小さな池に、鳥の羽が浮いていました。「鳥も水を飲みに来るんだね」という息子に「ちがうよ。鳥はおたまじゃくしを食べに来るんだよ。」と言うと、ハッと気付いたような顔をしていました。「それがビオトープなんだからね。」

ビオトープはドイツ語だそうで、「生き物(Bio)がありのままに生息活動する場所(Top)」を現わす言葉だと知りました。小さな生命のやりとりも、ありのままの自然の厳しさなのですね。

自然を取り戻すということは、私達が自然の中に暮らした「生活」そのものを取り戻すことだと、強く思った次第です。

 

みなさまからいただいたコメント

温野 さん(神奈川県・女性)2009.08.24

地域の活性化が乱開発につながるケースが多いようですが、軽井沢のような場所は、もう少し開発基準がつくられるなど、法律で守られていてもいいですよね。

それにしても、写真、きれいです!

遼 さん(長野県・男性)2009.08.24

温野さんの仰る通りなんです。
軽井沢のあるべき姿については、毎年毎年、何年も何十年も、専門家や町の住民、別荘の方々などで議論が為され、様々な提案も行われて来ました。
しかし、法律まで行かず、その下の条令までも行かないで、「宣言」という拘束力の無い形に留まってしまっています。
土地の保有者が誰であるかはひとまず置いて、軽井沢のあるべきグランドデザインを共有することができれば、開発許可申請に際して、それに近づけるような行政指導が行えるのではないかと考えるのですが・・・困難でも、諦めたくないですね。

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