リゾート地として知られる軽井沢の「来し方」と「行く末」について想うことを、「いま」を暮らす住民目線の日常から、ぽつぽつとつぶやいてみたいと思います。
作家・堀辰雄の作品「美しい村」の書き出しである「序曲」には、『六月十日 K・・・村にて』と小さなト書きが附されています。
この「美しい村」は、堀辰雄が昭和八年の夏、六月から九月の間に軽井沢に滞在して書き上げたものであると言われています。
『どこへ行っても野薔薇がまだ小さな硬い白い蕾をつけています。それの咲くのが待ち遠しくてなりません。これがこれから咲き乱れて、いいにおいをさせて、それからそれが散るころ、やっと避暑客たちが入り込んでくることでしょう。こういう夏場だけ人が集まってくる高原の、その季節に先立って花をさかせ、そしてその美しい花を誰にも見られずに散っていってしまうさまざまな花(たとえばこれから咲こうとする野薔薇もそうだし、どこへ行っても今を盛りに咲いている躑躅もそうですが)----そういう人馴れない、いかにも野生の花らしい花を、これから僕ひとりきりで思い切り愛玩しようという気持ちは(なぜなら村の人々はいま夏場の用意に忙しくて、そんな花なぞ見てはいられませんから)何ともいえずに爽やかで幸福です。』
序曲の書き出しは6月初旬で、まだ入梅まえの季節です。
この頃、野薔薇はまだほんとうにちいさな蕾が出始める頃です。
やがて梅雨になり、雨が降るごとに草木はぐんと成長を早めます。
野薔薇の蕾も大きくなって、雨の雫も手伝って、薔薇の枝が重たくしなっていきます。
そして、開花の盛りは7月初旬です。
今まさに、庭の入り口のゲートを飾るように、「咲き乱れて、いい匂いをさせて」います。
写真の花は本当の野薔薇(自生)ではありませんが、軽井沢のガーデンファームでつる薔薇の株を分けて戴いてたものが、路地に植えて放っておいたら、10年掛かってここまで大きな株になりました。
10年の間には、虫に付かれたりして枯れそうになりましたが、やはり路地に根付くと強いです。
人間と同じで、ひととおりの洗礼を受け、それを耐えると、免疫が強くなるのかも知れません。
躑躅やアカシア(本当はニセアカシアと言うらしいですね)は終わってしまいましたが、野薔薇のほかにも、ブラックベリーの素朴で温かみのある白い花や、繊細な葡萄の花が咲いています。
実を結ぶ為に咲く花々には、母の美しさ、優しさに繋がる生命感があるように感じられます。
横浜生まれの信州育ち。独特の歴史を持つ軽井沢に惹かれ、定住して13年。本業の傍ら、ボランティアとして開局当初よりFM軽井沢で番組制作に取組み、地域コミュニティへの話題を提供中。
07.11軽井沢を走っていた小さな軽便鉄道、草軽電鉄が姿を消してから
06.01今年は草軽電気鉄道が軽井沢から姿を消して半世紀の節目を迎えて

ゆっくり 大切に暮らすって いいよね。
暮らしのヒント募集中。みんなはどうしてるの?
紫外線の強い季節になってきました。敏感肌でも安心の日焼け止め、日焼け対策に活躍するグッズ、日焼け後のケアなど教えてください。
抽選プレゼントあり!
プレゼントの応募は終了しました。
コメントお待ちしております
コメントする